アダムとイブの昔より
 


     幕間



朝も早よから何とも面妖な事態が降りかかった太宰と芥川だったが、
中也という頼もしい援軍が来てくれて、
そんな彼へと事情を説きつつ、現状をどこまで解析した太宰なのかが披露され。
とりあえず何から手をつけるかという方針も示唆されたところで、
ある意味、インターバルを取るかのような格好で、
今更の感もあったが太宰が身支度のためにと外出し、
居残った男二人は、芥川の淹れた珈琲で人心地ついている。
いつもの調子での罵倒の応酬の末、
それはサクサクと出てってしまった太宰だったこと、
彼こそが標的なのにと 芥川としても気にはなったが、
今更追っても遅すぎるし、恐らくは“彼奴”を呼び出して居るだろうと思えば、
それはそれで妥当な運び。
案じることはないなと中也に倣って気持ちを落ち着ける。
依然として謎は多く、
一番の謎であろう、何処の誰がこのような 謀りごとを構えたものか、
今のところは皆目見当もつかぬまま。
裏社会にて過去に何かしら企てて、
あの知将から煮え湯を飲まされた者からの報復かしらと限っても、
武装探偵社の社員としてのみならず、ポートマフィアに在籍中から数え始めりゃあ
当人もいちいち覚えてはいなかろう数で対処して来ており。
ほぼ“逆恨み”もいいところではあれ、
一体 どれほどの恨みを買っている人であるのやらと思うと、
聡明にして辣腕な才あってのこととはいえ、非凡な人もなかなかに大変で。

 “………。”

闇に馴染んで禍々しい漆黒の外套を脱ぎ捨てて、
陽光の下へ身を晒している今現在。
裏社会から、若しくは過去から、
彼の背を目がけて伸ばされる 根深い怨恨からの魔手くらいは、
せめて自分が何とかして差し上げねばと思う芥川であるものの、
まだまだ技量が足らぬ身と、口惜しくも思い知らされてばかりいるのが現状で。

「いざという時に迷いなく太宰さんがあてにするのは、やはり中也さんなのですね。」

自分もまた世話を掛けている上級幹部にそんな声を掛けたれば。
メールの確認だろうか、執務用の携帯端末で何やら検索を掛けていた中也が
んん?と顔を上げ、切れ上がった双眸を見開いてから、

「あ"? 冗談じゃねぇ、そんな仲良しこよしじゃねぇよ。」

端正な顔容に辟易を滲ませて見せ、ははっと短く鼻で笑うと、

 「俺を呼んだのは、
  単に捨て駒にしても惜しくねぇ人間だからだろうさ。」

冗談でも笑えない、そんな言いようを吐き捨てる。
本人がいなくともこのような口利きをする辺り、
日頃の口論が決して仲が良すぎて拗らせたものではないことを窺わせるものの、
それは言い過ぎだろうと、さすがに芥川は苦笑する。
盾としてであれ、あてにならなきゃ招きはすまい。
それに、彼以上のつわものをそうそう思いつけない。
重力操作という最強の異能のみならず、
卓越した武闘センスは、数多の修羅場や激戦の地で
呼吸するよにそれは自然に発揮されて来た。
剛胆不敵にも敵陣の只中へと分け入ったそのまま、
失速することもないままに山ほどの相手を触れる端から薙ぎ払ってゆく様は、
生身なればこその融通も利く、地上最強の殺戮兵器と言えて。
太宰本人も言っていたように、
独りで何人分もの機転と機動とをあてに出来る、この上なく素晴らしい人材だ。
だが、

 「捨て駒云々はともかく、使い勝手がいいところをあてにしただけだと思うぜ。」

大仰に称賛されるような立場じゃあないと言ってはばからぬ中也には、
それへのそれなりの根拠があるらしく、

 「試したつもりじゃあねぇけどな。
  この部屋の中に居てさえ異能で襲い掛かられたってのに、
  出掛けろと言ったのへ さして抵抗しないまますんなり出てったろ?」

とっとと女性としてのケアをせよと言い出したのは中也であり、
他でもない本人が “標的にされているのに一人で放り出すつもり?”と口にしたのももっともな状況で。
だというに、中也も失念していたわけではなさそうで態度が揺らぐことはなく、
太宰本人からして、そうまでの警戒は要らぬという構えのまま、
単身にてあっさり出てってしまった先程のやりとりへ、
中也としては別の思うところも拾っていたらしく、

「何かしらの口実を設けてでも本拠へ送り出すとか、
 それこそ俺へ預ける格好でであれ、手前を遠ざけてねぇこととか。
 ただ此処から出かけるってだけじゃあなく、
 自分に護衛を付けたいだなんて言い出して誰か呼んだってことは、
 すでに余裕で対処できると踏んでるってことだ。」

それは芥川にも察せられたこと。
飄々としているのはいつものことながら、
性別変換どころか次は暗殺のスペックを届けられることもあり得ると、
そんな脅威を口にしてもなお、あっけらかんとしていた彼だったことへ加えて、
その身から人を遠ざけようという、水臭い画策を巡らせてはいない。
まさかに…自身へ敵の監視の目を貼りつけさせつつ、
この外出からそのまま単身で行動するつもりだとしても、
それならそれで 中也が見越したように、
何か指示を出して芥川もまたこのフラットから出るよう仕向ける彼ではなかろうか。
それが撹乱になるからなんて言い含め、その実 そうはならぬよう手を打って。

「巻き添えを食わせたりして迷惑を掛けたくないなんて殊勝な考え方じゃあなく、
 独りで動いた方が身軽だし機転も利かせられると、
 そういう順番で物事に対処する悪い癖をそもそも持ってたからな、あいつはよ。」

「…それは。」

芥川へと語るつもりはなかったか、
なのに ハッと顔を上げた後輩の食いつきへ
自分へ向けてだろう舌打ちをしそうな顔をちらと見せた中也だが。
片鱗だけこぼして 内緒だと引っ込められても納得すまいと、
観念したよに言葉を続ける。

 「あいつがまだ幹部候補って段階だったころ、
  奴の周りはあんまりいい空気じゃあなくってな。」

十代っていやぁまだ餓鬼もいいところだのに、
幹部昇格が間近だっただけあって、掃討作戦なんぞの指揮を執ることも増えてたんだが、
首領ゆずりというか天才肌ってのか、何かとやり方が奇抜過ぎてだろう。
随分と厳しい物差しで構えたキレッキレの作戦を無理強いされて、その挙句に恥かかされたって、
古株の構成員に逆恨みされることも多くてな。
そんな格好で味方からさえ恨まれることが多かった幹部候補様だったせいかな、
外からにせよ内からにせよ、自分が標的になってるような雲行きを察すると、
予測の段階から勝手にどっかへ雲隠れして、自分への襲撃を人知れず畳んでたらしくて。

 「誰かをあてにするなんて面倒だって、
  そんな言い方してたのは、そんな時期からじゃなかったか。」

勿論、人の技量を見極め嗅ぎ分ける目や鼻は確かだったから、
肝になるところを任せる人物はきっちり押さえてたし、
味方がまるきり居なかったわけじゃなし、
世を拗ねるなんて可愛い奴じゃあなかったのは手前も知ってる通りだがと。
マフィア時代の彼をなぞったその上で、

「ここ最近は、そんな馬鹿気た振る舞いもなりをひそめていたし、
 手前と縒りを戻せたことで、もう大丈夫だろうなんて安堵してもいたんだがな。」

少しぬるくなったコーヒーへ口をつけんとしかかって、
込み上げる憤懣に追い越されたかのように手を止め、

 「今の今、結構頼りにされてて良い空気の中に居やがるってのに、
  まぁだそんな独りよがりな勝手をやってやがるんだとしたら、
  とんだ罰当たりな野郎ってもんだぜ。」

自分は大丈夫だからと持ってく作為として、
毅然とした態度を取るのではなく、厭味な奴だなとそっぽを向かれよう仕立てを構えるのは、
関わらせまいと遠ざけた相手に罪悪感を抱かせぬためか。
そういうところまで周到な奴なのが忌々しいと、
今でもそうなら ぶん殴ってやると言わんばかりの
憤慨を載せたしかめっ面になった中也だったが。
そんな風に深く解析でき、容赦のない悪態をつけるところからして、
どれほど親しみ深いかを自覚なく露呈していること、

 “まるで気づいておいででないところが、”

ああ、やはり敵わぬと。
悪態をつきつつも、どうでもいい相手ならそこまで案じてやりはせぬだろに、
こちらもまた不器用な御仁だなぁなんて、
こそりと目許を和ませるよに細めた芥川だったのだ。





 to be continued. (17.10.08.〜)





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 *前の章は区切るとこ間違えたなという感があります、とほほ。